2007年02月27日

2年生の時

2年生になり、同級生は息子含めて4人になり、相変わらず3年生は1人もいなくて、4年生と一緒に行動していました。


6年生、5年生、4年生は単独で行動できるだけの人数が居ましたが、3年生以下は、1年生も入れて5、6人程度。


懸命の勧誘活動により3年生が5人、入ってきたのが5月くらいでしょうか。


これで3年生以下で試合ができるようになりました。

この時期から単独で行動するようになりました。

でも、私は仕事が忙しく、練習には参加していませんでした。


ある時、集合場所の小学校で練習する日に昼から見に行きました。


すると、昨年まで6年生コーチをやっていた人と、息子の同級生のお父さんの2人だけで子供の面倒を見ていました。


勝手に充実した指導者体制で練習しているとばかり思っていたので、指導者が少なくて驚いたのと申し訳ない気持ちになりました。

たぶん、この日を境に練習に参加するようになったと思います。

練習では、私を含めて3人の大人が、手投げフライ、手投げゴロ程度の練習だけでした。
いわゆる、キャッチボールの練習です。

3年生は野球を始めたばかりで、チームを引っ張っていたのは息子の2年生達だったと思います。

上級生も下級生も関係なく仲良しだったので、みんな苗字を呼び捨てでした。


バッティング練習の時は無茶苦茶でした。

打てない子の時はみんな前進したり、ボールが飛んでくると奪い合いでした。

外野での球拾いなんてものはありませんでした。

秩序とか規律とか一切無縁だったように思います。

一日中、怒鳴っていたと思います。


この時期に今まで仕事が忙しくて全く参加できなかった監督が復帰してきました。

そこから、やっとダイヤモンドを使ったり、バッテリー練習を始めたり、野球らしくなりました。


試合では四球で出塁したランナーに、間髪居れずに2塁に走られたり、ランナー1,3塁の時、ファーストランナー盗塁にキャッチャーはセカンドへ送球し、サードランナーはホーム悠々セーフとか、やられ放題でした。

うちの子供達はまだ少年野球を教える前の状態だから仕方ありません。


1試合だけ勝利目前の公式戦(リーグ戦)がありましたが、レフトを守っていた息子のエラーで負けた事を覚えています。

守備で打球が飛んで来ないのを良い事に、シャドーピッチングをしたり試合に集中できていません。

まさにシャドーピッチングで投げ終わりご満悦のところにサードライン際のゴロを打たれ、慌てて捕りに行ったが間に合わずHRになりました。

号泣してましたが、泣く位なら真面目にヤレって感じですね。


初試合はこの年だと思うのですが、相手に初勝利をプレゼントしました。


初勝利は翌年までお預けです^^
posted by 背番号29 at 09:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>勝手に充実した指導者体制で練習

私も息子がチームに入った当初、そう思ってました!考えが甘かったです!今でも同じような体制ですが^^;
Posted by とうさん at 2007年02月27日 11:07
とうさん、ありがとうございます。

何も考えてなかったのが正直なところかも知れません。
なんせ、車で移動するって聞いた時にビックリしたくらいです。

田舎育ちの私は1〜6年生で1チームとばかり思っていました^^
Posted by 背番号29 at 2007年02月27日 13:03
我が低学年チームも昨年は3年生5人中野球が出来る子が1人だけ
それ以外は1、2年生の状態で4年生相手に地区リーグ戦に出ていました。
当然ですがやられ放題で全敗でした...^^;

>初勝利は翌年までお預けです^^
ウチも公式戦初勝利は今年の予定です...^^
Posted by とぉたろ〜。 at 2007年02月27日 18:27
とぉたろ〜。さん、ありがとうございます。

チャレンジャーですね^^
一気に初心者が増えたので、交通整理をするお巡りさん状態でした。
シートノックの時にサードを守らせた子は、内野ゴロを全部捕りに行き、面白いから黙って見ていたら、アッと言う間にヘトヘトになりました。

とにかくボールを触りたがる子でした^^
Posted by 背番号29 at 2007年02月28日 09:04
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